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『毎日グラフ』電子版

かつて『毎日グラフ』ありきーー毎日新聞社が1948年に創刊したグラフ誌である。

奇特な(?)出版社が電子書籍として復刻するという。

毎日グラフ

上のパンフレットにあるように、なぜか「解説」を依頼された。グラフ誌について取り立てて詳しいわけでもないので躊躇したが、「新聞」と「写真」を「ジャーナリズム」という観点につなげて、いくぶん強引に書いたのが、以下の文章である。

 『毎日グラフ』が創刊されたのは、一九四八年(昭和二三)七月である。六月二一日の毎日新聞に創刊の社告が出ている。
当時の毎日新聞は裏表二ページだけである。夕刊はまだ復活していない。社告は、戦時中に廃刊した二つの写真雑誌にふれた後、「この両誌の伝統を新しい時代感覚で生かしはつらつたる『毎日グラフ』を創刊することになりました。ご愛読を得たいと思います」とうたっている。
 写真雑誌は、いうまでもなくジャーナリズムの一分野である。ジャーナリズムの大きな役割は、世界と日本の現在をさまざまな角度から切り取り、人々に伝えることにある。そこで写真という媒体が果たす役割は大きい。
 新聞は長くジャーナリズムの王者だった。しかし、この「王者」には国策に迎合し、国民を戦争に駆り立てた負の歴史がある。『毎日グラフ』は、日本が民主国家として再生する道を歩み出したばかりの時期に創刊された。新聞の前にはジャーナリズムの王者としての道がふたたび開けたのである。
 新聞社にはジャーナリズムの役割を果たす組織とノウハウが健在だった。いまだ占領下だったとはいえ、ジャーナリズムの王者と写真という媒体の幸福な結びつきが花開く時代を迎えていた。創刊社告が「新しい時代感覚」を掲げた所以もそこにあっただろう。
 新聞、なかんずく毎日新聞のような全国紙がジャーナリズムの王者だった理由の一つは、その広範な取材網にあった。
私は一九七〇年四月に毎日新聞社に入り、鹿児島支局に赴任した。当時、東京本社のほかに大阪(大阪市)、西部(北九州市)、中部(名古屋市)に発行本社があり、札幌市には別会社の北海道発行所があった。その他すべての府県庁所在地に支局があり、その下に通信部があった。鹿児島の場合、支局には支局長以下六人の記者、専用車とドライバーがいた。県内には離島の奄美、種子島をはじめ、駐在記者を含め十か所近くの通信部があった。
 むろん、東京には政治部、経済部、社会部をはじめ、生活家庭部、学芸部、運動部といった部門があり、多くの記者たちが日々取材活動をしていた。海外各地には多数の特派員もいた。国内通信社に加え、外国通信社とも特約契約があった。
 さらに、各本社編集局には写真部があり、かなりの写真記者がいた。先にふれた全国各地に所在する記者たちは常にカメラを持っていた。その意味で彼らは写真記者兼業ともいえた。
 写真記者を含めて、記者たちは日々発行される新聞のために取材活動をしていたのであり、一義的には『毎日グラフ』とのかかわりはなかった。だが、こうした手厚く配された耳と目を持つジャーナリズムが、写真雑誌としての『毎日グラフ』を支えていた。
鹿児島支局にいたころ、一度だけ私が撮影した写真が『毎日グラフ』に載った。たまたまある出来事の起きた現場にいち早く駆け付けただけのことだが、それは私が新聞ジャーナリズムの末端にいたから可能だった。
 だれでもスマホを持ち、動画まで撮影できる現代、この手の「現場写真」はすでに新聞記者の専有物ではない。だが、そうした事態はたかだかここ十数年ほどのことである。ふつうの人々には遠い場と出来事に耳と目を働かせることがいまも記者たちの日常の職務なのである。
 電子書籍としてよみがえる『毎日グラフ』には、こうした新聞社だからこそ可能だった写真ジャーナリズムの実践の成果が盛り込まれている。むろん、それは事件や事故の現場という狭い対象だけではない。新聞社による写真ジャーナリズムの耳と目は、広範に開かれている。政治・経済の「硬派」から世相・風俗まで、さらに映画・演劇・音楽・スポーツなどエンターテインメントの世界まで、それは届いている。
 しかも、その耳と目の働きの結果は蓄積されて残る。毎日新聞社には幕末期からの膨大な写真が残されている。『毎日グラフ』にはときどきの「別冊」などにもこのアーカイブが活用された。
 今回、この一文を書くために、国立国会図書館(東京本館)で、『毎日グラフ』の初期バックナンバーを閲覧した。「別室閲覧 禁複写資料」だった。特製の帙に収まった創刊号を開く。紙が破れないようにていねいにゆっくりめくる。
表紙は女優の高峰秀子。巻頭特集は「歸鄕」(常用漢字にすれば「帰郷」)。シベリアや樺太からの帰還者の姿や故郷に帰った際の様子を全四ページ十二枚の写真と短いキャプションで伝えている。
 最初の一ページ大の写真は、舞鶴港に着いた帰還船のデッキに立つ若者と老人のアップ。若者は顔を輝かせ、老人は嗚咽をこらえるような苦悶の表情を浮かべている。皺が深い。
「さびしい田舎道を荷物の重みによろめきながら身寄りをたずねてゆく五人の母と子と…」というキャプションのついた写真もある。撮影地は秋田県である。
 シベリア開拓団をめぐる悲劇と苦難を記した書物は多い。樺太帰還者についても同様の記録を読むことができるだろう。だが、大判の写真を中心にした『毎日グラフ』創刊号の「歸鄕」特集は、活字の記録とは別のかたちで、ある時代に生きた人と歴史を雄弁に伝えている。
 以上は創刊号の、それも巻頭特集の一部を紹介したに過ぎない。電子書籍版『毎日グラフ』は閲覧すれば、私たちはすべての号で、こうした体験をすることになるだろう。
 インターネットが普及し、あらゆる分野でデジタル化が進み、だれもが情報を発信し、その受け手にもなりうる現代、新聞はとっくにジャーナリズムの王者ではなくなっているのかもしれない。一方、デジタル社会がもたらす影の面もさまざまに指摘されている。
図書館でこわごわとページをめくることなく、電子書籍版『毎日グラフ』を自由に閲覧できることはまちがいなくデジタル社会の光である。
 近現代史の研究者をはじめ多様な関心を持つ著作者たち、さらには来し方を振り返り、行く末に思う多くの人々にとって、電子書籍としてよみがえった『毎日グラフ』はまさに宝庫となるに違いない。



個人で入手するにはいささか高価だが、大学図書館や道府県の代表的な公立図書館には備えてほしいと思う。
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プロフィール

toku1947

Author:toku1947
ジャーナリズム史研究者。新聞社に33年。2003年4月―2017年3月、法政大学社会学部・大学院社会学研究科教授。「ジャーナリズムの歴史と思想」などを担当。法政大学名誉教授。毎日新聞客員編集委員。

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